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『ミッドナイト・バス』

 投稿者:イケちゃん  投稿日:2018年 3月 5日(月)01時40分41秒
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  原田泰造を擁して制作された映画『ミッドナイト・バス』は
僕にはいろいろ透けて見える映画であった。

とびきり可愛い東京愛人を持つ人物が、新潟からの深夜便のバス運転手という設定が無理!
今時、嫁姑問題で子供を残して家を捨てる女性(嫁)の設定が古くて無理!
娘が自分を捨てた母親を異常に憎む設定がだめ!
嫁は家族を捨てて新しく家族を持ったくせに、
変わらず優しくしてくれるバス運転手(元夫)に一瞬よろめく女がありえない!!
元嫁には、新しい家族に新しい子供がいるらしいのに
バス運転手の優しさにほだされて、また悲劇を繰り返そうというのか
この懲りない女は!!!!
勿論、優しくする元旦那もありえないけれど(笑)。
原田が、東京の若い恋人の事を考えて別れようとするのはあまりにリアリティに欠ける!
あまつさえ、ラストでその恋人とよりを戻そうとするのは許せない!!!!
唯一、東京の会社を辞し帰郷したお兄ちゃんだけは天使のようだった。
小西真奈美が東京からわざわざ二度、田舎住まいの原田の家を訪ねると、
一度目は仕事を辞めてきた息子がいて、原田とふたりきりになれない罰の悪さ。
二度めドアを開けると、なんと元嫁が家に入り込んでいた。
二度とも間が悪いのは笑えてよかった。

ミッシェル・ロドリゲス主演の『レディガイ』が彼女ありきの
映画製作であったなら、この『ミッド…』も同じ理由で
主演の原田を良く知る映画監督が彼をモデルにして
脚本を描き上げたのではないかと思う。
それは笑福亭鶴瓶主演の『ディア・ドクター』が西川美和監督が、
あんなにも人の良さそうな鶴瓶の笑顔には、
その眼の奥で笑ってない「眼」を感じて映画にした
というエピソードがあるように。
鶴瓶には「眼の奥で笑ってない」ことが物語が始まる要素で
原田には
人生の暗さを感じさせない飄々とした「姿勢」があったのではないか。
この映画の弱点はその原田が役者ではないことだと思う。
他の共演者が役者の演技で映画の中の人物を生きているとすれば
彼にはその技術が無く、テレビで培った技術のみで対応していた。
セリフにお芝居の内容を乗せられない。
これは、軽さを武器に主演としたことと裏腹に物語の意外な暗さが
彼をして立ち上がって来ないという意味だ。
どのセリフもつくられたエピソードのように感じて、白々しく響いた。
それがこの映画を見ていて、
ああ、この映画は深くないぞと感じさせた。
ただ、この映画を原田ではない役者の誰に任せればいいかと考えた場合、
なかなか適任者が浮かんでこない。
佐々木内蔵助くらいですかねえ。
彼ならどんなリアルでないセリフも
物語の登場人物の血や肉に変えることは可能だろうと思う。
だが、原田の持っている生来の「軽さ」がこの映画を支える柱だとすれば
佐々木では、その役者としての存在感で物語を違ったものにしてしまうかもしれない。
要するに立派過ぎるということだ。


この映画を総括すると
随分横柄な言い方をすれば、僕の両手にすっぽり収まる物語だった。
逆に、物語の作りが分かりやすくてそこそこ泣けるのだ。

 
 
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